経済

政府が政権担当能力を失うとどういうことになるのか?
答えは明白です。まず、嘘と誤魔化し・隠蔽・データーの書き換え・無責任・逃避、などが横行する。最後には逃げ道がなくなり、内部分裂が起こり、自己崩壊するのです。

こういうことは歴史上幾多の例を見ることができます。今まで縦組織で上の命令に従っていれば順調にことが運んだものが、ある日突然内部告発や足の引っ張り合いが起こったり、縦組織から追われた人々の恨み、抑圧された民衆の怒りがふきだして一揆が起こります。日本では、歴史上「乱世」が度々起こっています。

「応仁の乱から大阪城の炎上までのドラマを読む」と云う単行本が出ているので、お薦めします。こう云う混乱の時代に限って大きな天災が起こっております。

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどめたる例(タメシ)なし。世の中にある、人と栖(スミカ)と、また斯くの如し—-(乱世に生きた鴨長明の方丈記より)

金融経済はとても複雑で分かりにくいものです。しかし権力が崩壊するときは、複雑でわかりにくかったものが、単純化され、表に現れるのです。つまり民衆が肌で感じるようになります。それは自分たちの生命・生活にあからさまに影響し始めるからです。

今はデフレです。アベノミクスでデフレは脱却できる言っていたのが4年経っても達成できず、あと1年、あと2年と引き伸ばしながら一向に良くならない。消費も伸びず、GDPも低
迷、当然賃金も上がらない。いくら数字を誤魔化しても実感が伴わない。

こう云うのを心理学では「認知的不協和」と云うのです。人間は不都合な事実を無視するようにできている。いずれデフレから脱却できると繰り返していたほうが楽だ。人間は心理的に楽なものを真実と思い込む。そして集団思考・同調圧力が強い場合、自集団を過大評価し、裸の王様になってしまう。

これらは政権に張り付いてきた経済学者・リフレ派の特徴です。2008年の金融恐慌前のFRBもそうだった。こうした先のばしの愚かな決定が行われても、集団内部でチエックが効かず無批判に継続してしまうのです。

折も折、厚生労働省の統計データー偽装問題が発生したのです。毎月労働統計 経済政策の基礎データが改ざんされていたのは消えた年金以上の不祥事です。対象人員約2000万人 追加払に必要な費用は795億円(事務費込み)。最初は50億と発表 次に500億 さらに795億。だんだん増えていくのは如何に混乱しているかを表しているのです。

これでも収まらないかもしれない。なぜならこの種のデーターの保存期間は3年なのです。賃金台帳を失っておれば追加支給にかかる事務費用は想定できません。しかもこのデーターは最低賃金や高プロの計算基礎ともなり、敷いては他の経済統計、厳密に言えばGDPにまで影響するのです。

例えば、藤井聡氏が経済諮問会議のメンバーだった時、その資料2は毎月労働統計に基づいた資料で、これに基づいて安倍首相が消費税値上げを決意したと語っておられます。こんな大切な決定に至る基礎データーが完全なフェイクペーパーであったとは驚きです。

変造ソフトまで作って偽装したことが、単に担当者の判断だとか忖度でできたのだろうか?

前出の藤井聡氏は次の通り語っておられます。「元はといえば政府自体が統計を軽視していたのです。人員削減 担当部門の縮小 これによる意欲の低下ということが背景にある」これは実際に政権内部(内閣府官房参与)に居た方の発言だから無視できません。

同氏はまた、デフレ脱却の政策がピント外れどころか、まるで真逆な内容だったと主張されています。

デフレ脱却に必要なことは賃金の引き上げと消費税の凍結、物価の上昇消費拡大でしょう。これに対して政府は外人労働者を拡大し労賃を下げる方向を目指している。その上に消費税を10%にする暴挙に出ている。消費税増税の緩和策2兆円のバックなどいろいろ対策をPRしているが、その半分は貯蓄に回り、消費拡大に寄与する部分は限定的だろう。

ヤマトホールディングスが賃上げすることにより運転手不足を解決、宅配も円滑化できた貴重な経験が最近話題になりました。この事例に習い、今こそ大企業の430兆円の内部留保吐き出させて 賃金上げにまわして消費を増やす事ができれば万事解決!となるのだが、これは夢か。

今の政府はこれと真逆なことをやっている. つまり政権担当能力ゼロです。

外国人労働者を増強する。これは意図するしないにかかわらず、賃金を下げる方向に作用する。加えて消費税を上げる。アメリカべったりでドル安円高、自動車産業関税25%、これでは自動車産業が壊滅してしまう。

農業はヨーロッパとのFTAで12年後関税ゼロなどの品目を決めているので、アメリカは少なくとも同じ貿易条件を求めてくる。つまり農業はすでに詰まっているのです。したがって残るは自動車と為替条項ということになるわけです。

政権維持に最も重要なことは年金です。年金が支給できなくなれば「国民国家の破滅」です。

年金支給がストップすることはまずないだろうが、年金基金が枯渇したら、税金で年金を賄わざるを得ないだろう。そうなれば若者の不満「自分が払った税金で年寄りの年金を賄うとは何事か」ということになり若者対老齢者の対立が発生するかもしれない。こういうことから年金基金管理機構の14兆円の損失は大変な事態を招くと云う自覚が必要です。

最後に、藤原直哉氏(経済アナリスト)の指摘を下記します。

債権国はデフレ、債務国はインフレとなるのが一般的な経済原則だ。日本はそれに円高というデフレ要因が重なる。購買力平価で言えば1ドル75円も的外れではない。

デフレ下の資産防衛策は、「総売り」となる前にすべてのリスク資産を換金するべきだ。デフレ下では現金が一番の安全資産だ。その証拠に銀行の貸し金庫が引っ張りだこで容易に借りられない。しかも、その貸し金庫に、現金を入れておくと云う不思議な現象が生じている。

株・債券の暴落が始まると売りが売りを呼ぶ、日銀はこれ以上買いを入れる余力はない。官製相場を維持できたとしてもオリンピックまでだろう。オリンピックが終われば総売りとなるだろう。相場が暴落すれば投資家は資金繰りをつけるのが最優先となる。このためにあらゆる資産を売却して緊急避難をする。金まで売りの対象となる。ただし金は最後に下落する。このときが「総売り」のシグナルと見たら間違いない。

いずれにしても、新年にやっておくべきことは早く現金化して、現金で持っていることだ。乱高下の振れ幅が徐々に縮小しながら総売りが進んでいくことを、しっかり念頭に置いておくことが重要だ。

社会

2018年11月に私の投稿でシンギュラリティについて次のように書きました。

シンギュラリティ(技術的特異点)とは、人工知能が発達し、人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こるという概念を指します。シンギュラリティという概念は、人工知能の権威であるレイ・カーツワイル博士により提唱された「未来予測の概念」でもあります。

シンギュラリティの概念は巾が広く現実離れした単なる空想でしかないものと比較的現実的な実現可能な範囲の予測などが混在します。レイ・カーツワイル博士は比較的実現性を重視した未来予測を説いています。ただターゲットを2045年としている点で空想的と見られる傾向があるのです。

この投稿に関してシンギュラリティが果たして空想なのかどうか調べ始めました。
その結果人工知能(AI )について2つの方向から考えてみました。その一つはニューロコンピュータの現状です。2つ目は人工知能のOS化についてです。

■ ニューロコンピュータの現状
非ノイマン型コンピュータ=ニューロコンピューターは2014年に発表されたIBM SyNAPSEで現実化しました。このチップは100万個の人工ニューロと2億5千6百万の人工シナプスから構成され一個一個の素子が多数のシナプスで連携しているので、並行処理が可能となった。このチップを使えば膨大な情報量の画像や音声を素早く、低電圧で認識・認知できる。将来的には人間の脳の活動の一部を置き換えることが出来るでしょう。

ニューロチップは、AI・IoT・ディープラーニングなどの要とも言われています。人の脳を手本とした機械(AIやIoT製品など)が普及すれば、より安全な生活を送ることが出来ます。特に、「自動運転」や「災害対策用ロボット」に用いられれば、人と同じように、もしくはそれ以上の処理スピードで解決や対策方法を導き出してくれるからです。アニメや映画で見たSFのような世界が、一歩現実へと近づいてきます。
ちなみにですが、2020年頃には技術の進化により、現在の仕事から約30種類もの仕事がなくなるのではないかと言われています。

■ 人工知能のOS化はいつ実現するか
まず、AI の要素技術はといえばビッグデーターとディープラーニングの研究であり、さまざまなビッグデータの特性に合わせて特徴量をうまく生成させるようにする研究が人工知能の中心となっているのです。

このようなAIは、自動運転、画像認識、音声認識、信用スコア、医療、軍事などの幅広い分野で実用化がどんどん進んでおります。

AIの開発競争の状況を見ますと、アメリカのAAAI(人工知能学会)では5000人のメンバーが研究を進めている一方、日本のJSAI (人工知能学会)には3000人の研究者が所属しております。

これだけ見ればアメリカに決して劣らないと見えますが、残念ながら日本はモノ作り優先の思想が強いこと、グローバルなトレンドを作るのが不得手であることなどで、このままでは開発競争から遅れていくのが目に見えております。

人工知能開発で今最も注目される分野といえば、表題の人工知能のOS化であることは間違いありません。
汎用的なOS(Widows)をマイクロソフトが作り、デバイスをIBMが担当したことでコンピュータが飛躍的に発展したことを考えると、人工知能のOS化が如何に重要な課題かが分かるはずです。

特徴表現学習などの学習アルゴリズムが基礎になる汎用的OS化が進めばいろいろなアプリケーションがこれに乗り、機能追加が飛躍的に広がることは明らかです。
さらにこのOSを独占した企業があれば、その発展性はマイクロソフトの比ではないでしょう。

ロボットならその動作から中身を推測することができます。しかし学習結果から学習アルゴリズムを推定することはほぼ不可能です。ちょうど人間の脳をいくら調べても、知能のアルゴリズムがわからないのと同じなのです。

汎用的なOSをおさえておくと、土台ができていれば、アプリケーションの開発・修正・更新が圧倒的なスピードで実現できます。
例えば、自動運転にしても道路交通法が変わったり異常気象で道路条件が変わっても、個別の条件に沿ってルールを書き換えるよりも、すでに学習された特徴表現を使って学習したほうが圧倒的に早いはずです。

汎用的なOS部分を独占すれば各機能を実現するアプリケーションの製造コストが劇的に下がるのです。

■ 人工知能の限界
前項の希望的観測にもかかわらず、人工知能については、脳科学を勉強してきた私にとって限界を感じざるを得ません。以前にも説明しましたが、人体は40億年の生命の歴史のなかで語り継がれた複雑極まりない存在です。脳細胞が1千数百億個存在し多様で複雑な伝達様式を持っていることをみれば、「シンギュラリティ=人工知能を万能」と考えるわけにはいかないと思います。

前項で述べた「ちょうど人間の脳をいくら調べても、知能のアルゴリズムがわからないのと同じなのです」と云う件がそれを物語っております。

重要なことは、言語が表象であることです。言語は多様な意味を持ちます、その意味は人間相互間のコミュニケーションの中で、その場その場で固定されるものです。オープンダイヤローグとAIの結合などあってもおかしくないでしょう。

■ 林修先生が絶賛した本「AI vs.教科書が読めない子どもたち」
著者は国立情報学研究所 ・AI研究者の新井紀子教授、たまたまこのホームページ「八景島ツイート」を同研究所で開発したCMS・Netcommonsで作っていたので、新井紀子教授の講演を何度か聞いたことがあります。学校の先生がこのアプリを使っていた関係で先生が多く講演を聞いていたのを覚えています。ある学校の先生の話に感動されて、教授が涙した場面に遭遇したことが思い出されます。AI研究者には珍しい人間性にあふれた方だと感じました。

本の内容は長くなるのでまたの機会に譲りますが、次のような読者感想文を引用させていただきます。

この本ではAIが将来可能になることを予測し、それによって起こりうる問題を提起している。
意外だったのはAIには読解能力がないということ。つまり人の気持ちが分からないため、特定の分野においては大きな成果を上げるが、そうでない分野には入り込めないことが予測される。
しかし教科書すら読めない人が増えているため、人間の業務がAIに取って代わられると危惧している。
これは子供だけでなく、大人もであろう。
AIの進歩で悲観的になることも楽観的になることもなく、どうすればAIに取って代わられないかを考えるべきと感じた。

反面、読解力という知能のベース部分は疎かにされた結果が、本書で書かれている中高生の深刻な状況に繋がっていると思われます。
(読解力は今のところ数学で記述できず、計算機であるAIが獲得できない人間固有の能力だと書かれています。)
そして、私も、読解力がないままひたすら暗記する学習法を続けた結果、「応用が効かない」「問題文が理解できない」状況に陥っていることに気づきました。愕然としました。

本書は、AI技術に関するよくある誤解を取り上げ、現時点におけるAI技術そのものの限界についてを解説する一方、AIが将来人間の仕事の大部分を代替し、結果社会は、失業者や最低賃金で働く人々が増えていくという可能性を指摘したものである。著者は、数理論理学を専門とする研究者だ。
ホワイトカラーが担っている仕事の多くで、AIが人間の強力なライバルになっていくであろうことは、多くの識者から指摘されている。これに対し著者は、数学者の立場から、AIが人間の仕事のすべてを肩代わりすることは当面起きないとまずは指摘する。なぜなら、AIとは単なるソフトウェア、つまり計算機であり、データに基づいて確率計算をしているだけであって、人間の会話や記述の「内容の意味」を理解していないからだ。人間の脳が認識していること全てを数学の数式に置き換えることなどは不可能なのだから、シンギュラリティなど到来しないし、ましてやAIが人間の仕事の全てを引き受けたり、自らが意思を持ったり、自己生存のために人類を攻撃することなどは起こり得ないと著者は断言する。意味を理解できない、計算しかできないAIは人間とは異なり、柔軟性や発想力、応用能力などを持っていないのだ。

まず初めにAI、を正しく理解しよう。と始まり、次にAIの得手、不得手を知ろう。そして、人間である私たちの側がAIと共存できるために何が欠けているのかを子どもの学力を覗いてみることで気づきを得よう、と進みます。
すると、現在の教育方法はAIが得意とする領域の能力と同じ方向の能力を拡張させていることが見えてくる。
AIの得意領域ではAIには歯が立たないのに。
今後はその能力(スピード、記憶量、正確性)をおそらく人間は手放してAIに譲らなくてはならざらなくなる。
だからその方向ではなく、AIの不得手な認知→思考→想像、創造力を身につけて行かなくてはいけないし、それらの能力を築くための基礎的能力になる読解力が必要になる。