時事

片田珠美精神科医

前回の「忖度」に関するコメントは不完全燃焼だったと云う認識から、改めて第2弾をお送りします。
片田珠美さんの「忖度ニッポン」を読む機会をもち、得るところが多くあったのでこの本のご紹介も兼ねて前回の不足分を補うことといたします。

片田珠美さんは大阪大学医学部卒、京都大学大学院大学精神科で人間・環境学研究科博士課程修了後、フランスで精神分析を学び、精神科医として数々の臨床経験を積んだ専門医です。

臨床を重ねる過程で数々の精神疾患の原因が、日本に蔓延する「忖度疲れ」にある事がわかり、これは放置できないと思い、「忖度社会ニッポン」の研究に着手したのです。

先ず、日本の忖度発生源を次の通り列挙しております。
官僚、特に裁判官
企業、東芝の粉飾決算「チャレンジと云う粉飾」
医療、医療機関の業績をあげるための無駄な検査
メディア、記者クラブ、望月衣塑子記者の反発、NHK籾井勝人会長の政権とのつながり

以上、具体的な実例をあげて詳細に報告しております。その結果、恐怖の支配、自己防衛、多様性の破壊、持続性の欠如などその生々しい実態を浮かびあがらせております。

世間と社会の違いを指摘、「世間」すなはち「世の中」の意味は現在では「自分と利害関係を持つ人々のつながり」と云う生々しい人間関係に重点が置かれているが、万葉集には人間関係だけでなく自然とのつながりを含めた見方が示され、これこそが日本本来の「世間」であったのです。

変貌した「世間」は、排他的で差別的な性格を持ち、裏の人間関係が入り込む余地を与え、世間の方ばかり向いて社会など見向きもしない人が多い組織ほど忖度がはびこりやすいのです。

最も重要なことは、空気の支配が蔓延し、空気による忖度が日本の民主主義を破壊している事実に目を向けるべきだと云う主張です。

著者は、忖度は体に悪いと断言しております。忖度に囚われ自律神経失調症に陥りアトピーなど、心身の不調をきたす患者がいかに多いか指摘しております。

忖度の理由を質すと自己防衛、恐怖、罪悪感、承認欲求などが浮かび上がります。対策としてはKY(空気が読めない)と批判されても跳ね返す勇気が必要です。
忖度して出世する可能性が高いことは現実です。だからと云って忖度し続けると「アイデンティティー・クライシス」(Idenntity Crisis)に陥る危険性もあるのです。
他者の欲望を満たすあまり、自分が何をやりたいのか分からなくなる、つまり自分を見失うのです。

有給休暇を返上しても当然視されること、非正規社員が正社員になりたいために一生懸命忖度しても殆どの場合報われないとか、戦艦大和特攻出撃やノモンハン事件など同調圧力による忖度など成り行き任せで悲惨な結果を招いたこと、いじめで自分が被害者になることへの恐れで服従又は傍観し結果的に被害を受けたなど、忖度しても報われない事例はいくらでもあるのです。

著者が対策としてアドバイスしている点を主なものだけあげておきます。

第一に「世間」のルールなど世知辛い現代では徐々に崩れつつあるとの認識も必要です。若者は西欧化しつつあります。日本人の挨拶に「今後とも宜しく」とか「先日はありがとうございました」というのがあります。西欧ではこういう表現はない、現在の状況に関して感謝することはあるが、過去や未来に関しての挨拶にはほとんど出会いません。

上司や同僚の家族がなくなったとき葬式にも行くし香典も包む、しかし本人が亡くなったときは葬式にも行かない、香典も包まない、「現金な奴」が増えてきました。

世間のルールが崩れつつある理由は主として非正規社員の増加に関わっています。ドクターXの大門未知子に見られる、派遣医としての自由奔放な言動がこの事を裏付けております。更にインターネット・SNSの多様な情報の拡散も影響しているのでしょう。

第二に、世の中には傲慢人間が一定の割合で存在し、その周囲には必ずと云っていいほど、傲慢人間の意向を忖度するイネイブラー(enabler)がいる。イネイブラーには「支え手」と云う意味がある。困ったことに、傲慢人間は自分が何も云わなくても周囲の人間が忖度してくれるのが当たり前と思っていることが少なくない。それに一層拍車をかけるのが、イネイブラーなのです。

将を打たんとすれば、馬を射よというように、この腰巾着をやり込めることも精神衛生上必要ではないでしょうか。もっとも、狡猾な人ほど自分の要求をはっきり云わずにそれとなくほのめかす傾向があります。暴力団が因縁をつけるとき「金をくれ」などとは決して云わず、「誠意を見せろ」などと脅かすのと同じです。こういう場合は「誠意とはどういうことでしょうか?」「どんなふうに誠意を見せればいいのでしょうか?」とはっきり云うべきです。
イネイブラーに対しても、中途半端に忖度すること無く「言葉ではっきりおっしゃってくださらないとわかりません」と云う態度を貫くべきです。

最後に山本七平の「空気の研究」の一文をあげておきます。
戦艦大和の出撃を無謀だとする人々はすべて、それを無謀だと断ずるに至る細かいデーター、すなわち明確な根拠をあげている。一方出撃を当然とするものの主張はそういったデーターや根拠を全く示さず、その正当性は専ら「空気」に依存している。従ってここでも、あらゆる議論は最後には「空気」で決められる。最終判断を下し、そうせざるを得なくしている力を持っているのは一に「空気」であってそれ以外にはない。
戦前の愚行を生みだしたとされる「空気」の支配は、戦後のわれわれをも同じように、あるいはよりいっそう強く拘束している。

「空気」に支配された組織や集団では、統計や資料に基づく分析や論証をいかに精緻に組み立てていても、いざというときには、それらが一切消し飛んで、無駄になりかねない。
「空気」による支配が戦後なくなったかと云えば、決してそうではない。空気は相変わらず猛威を奮っています。そして空気のもたらす「忖度」が、自立神経失調症など日本人の心身の不調をもたらし、結果的には日本の民主主義を破壊するに至っているのです。更に、忖度は人々の創造力を奪い、国の産業力の低下を招く結果なども危惧されます。

「今だけ、カネだけ、自分だけ」が蔓延する嘆かわしい社会状況も気になるところです。

著書に紹介されていた山上憶良の和歌が妙に印象的だったので書き残しておきます。

世の中を 憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば

時事

林典子

先週のNHKラジオ「サンデーエッセー」で、フォトジャーナリスト林典子さんの話がありました。
「北朝鮮・日本人妻」や「キリギスの略奪婚」などの女性問題をとりあげた有名なフォトジャーナリストです。

「プライベートプロジェクト」と「なりわい」との関係を語ったくだりに特別な興味を持ちました。
調べたところ一般的には「パーソナルプロジェクト」と呼ばれています。会社などの組織での仕事ではなく、自らがやりたい仕事を自分の意思で前向きに取り組むことです。

これを実行している人について次のような記述がありました。
彼は、自分の得意な音楽をYoutubeにアップしたり、プログラミングの知識をブログにアップして、広告収入を得ている。
また、別の友人はAmazonの輸入業をやったり、アクセサリーを手作りして売ったりしている。
その活動は会社仕事があった平日の夜や休日に行われている。
そして、同じように「プライベートプロジェクト」をしている人たちとその活動を共有して刺激し合っているのです。
彼曰く、こうした活動は仕事をするという何かこう”しんどいイメージ”ではなく、自らがしたいと思ったことを前向きに取り組むことなので、平日の深夜であろうと、休もう本当にうれしかったですね。
彼が言っていたように、実際プライベートプロジェクトをしている時は嫌だとか面倒くさいとか思ったことは一度もありません。
だって、自分のやりたいことをやってるんですからね。まさに寝る間を惜しんででもやってしまいます。
プライベートプロジェクトで人生を豊かにしよう!
そんな新たな「プライベートプロジェクト」という働き方で得られるもの。
「やりがい」
「仲間」
「お金」
など、たくさんのことを与えてくれるでしょう。
人生は1回きり!
せっかくなので、前向きに明るく生きたいですね!
このようなきっかけを与えてくれた彼に感謝です。
もし、今の仕事に少しでも疑問があるのなら、一度自分の興味のある「プライベートプロジェクト」を始めてみてはいかがでしょうか。
きっと得られるものがたくさんあると思いますよ。


忖度とは、三省堂国語辞典を引くとこうある。(相手の気持ちを)おしはかること。推測。「意向をーする」

「『忖』はりっしんべんで分かるとおり、人の心を推測すること。 『度』は、『たく』と読む場合は『はかる』ことです。つまり『忖』『度』ともに『はかる』で、特に『忖』は『心を推測する』という意味があります」。これが本来の意味ですが、ここ10年来使われ方が変わってきてしまいました。伝統的な意味から全く外れた使い方が流行してきたのです。

忖度で、良い忖度と悪い忖度があると云うことを聞いたことがあります。しかしこれには次の通り疑問を持ちます。

良い忖度は「思いやり」です。悪い忖度こそが「強制」であり、人事権や支配権をを伴った忖度は強制されたと同じことです。したがってその責任は支配者側にあるのです。これを「忖度」と云って片付けてしまうことは、責任逃れの口実としか言えません。

森友、加計問題などがその典型です。最近は相撲界や電力会社でもこのような事案が発生しております。


林典子さんの話しに戻りますが、彼女は「なりわい」のためクライアントから依頼されたテーマを追いかける日々ですが、同時並行でプライベートプロジェクトを追求しているのです。

仕事がらかもしれませんが、この2つの道が矛盾することはないどころか後者が前者の「生業=なりわい」を助ける結果となっていると語っていたのが印象的でした。

その上で自己を見失わないためプライベートプロジェクトを追求し自分がいつも生き生きとしていることが、「なりわい」のための仕事を多く受注する条件となっているのでしょう。


先週、内閣府発行の「経済財政白書」令和元年版を入手しました。大判で厚さ25ミリにも及ぶ大作です。
全部は読んではいませんが、これには意外な事実を発見したのです。当然この内容には政府の意向を忖度したと思われる部分もありますが、なんと役人の「プロフェッショナルな拘り」をもって政府に都合の悪いデーターをあえて載せている部分もあったのです。

その例をピックアップしますと、一つは長期経済統計に出ていた家計貯蓄率です。200年初期には10%以上あった家計貯蓄率が2014年以来-0.6%~2.5%に落ち込んでいるのです。これに関連して算定の基礎数値・給与総額伸び率も-1.0~1.7%に低下しています。

貿易額に関しても米中貿易摩擦の影響を受け経常収支が大幅に落ち込んでいること。 輸出額から輸入額を引いた貿易収支の赤字が10.6兆円に膨らんでいます。特に中間財でかろうじて支えている実態を明かしています。

金融政策においては2016年9月以来長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)に頼らざるを得ない状況(金融緩和の出口戦略のいき詰まり)。更に、ETFの保有残高が年間6兆円に相当するペースで増加するよう買い入れを行いつつ市場の状況を見て調整する苦労をにじませています。

このように政府にとって不利なデーターを開示する動機は何に支えられているのでしょうか?
以上はほんの一例に過ぎないが、膨大なデーターを毎年作る役人の「プロ意識」の為せる技ではないかと考えられます。
「悪い忖度」を打ち破る力は今の日本に多少なりとも残されているのではないでしょうか?
その原動力は「パーソナルプロジェクト」であり「プロフェッショナル意識」だと云うのが今回の結論です。

最後にフォトジャーナリスト林典子さんの「キルギスの略奪婚」のトークイベント、対話の形で動画に撮った記録をご紹介しておきます。