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年の瀬にあたり、激動する社会の変化に備え、私自身がこれからどう生きるべきかを真剣に考えてみました。参考になるかどうかは分からないが、「余命少ない老人の覚書」として、うけとっていただければ幸いです。
先ず、このサイトで何度も紹介した「ある投資家の警告」を再度記します。本テーマのヒントとなると考えたからです。
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まだインターネットが使えない人がいる。主に高齢者や貧困層が時代に取り残された。彼らは「自分には無縁だ」「分からないから使いたくない」という意識が強いので、いつでもインターネットを使える環境を整えられたとしてもそれをしない。

その結果、完全に時代に取り残されて不利益の中で生きている。今 まさに、時代に取り残されようとしている人たちもちろん、インターネットができなくても、現代社会で生きていこうと思えば生きていける。現に、高齢者の中には「一度もインターネットなるものを使ったことがない」という人も多い。自分たちの子供や孫がそれを使って楽しんでいるのを横目で見ながら、あるいは街で若年層がスマートフォンで何かしているのを見ながら、自分たちは絶対にしない。

それで生きていけないのかと言われれば、そんなことはない。生きていける。しかし、この時代にインターネットを使わないで生きるというのは、あまりにも非効率で前時代的で危険な生き方だ

インターネットをしている人間は彼らの非効率さが分かるのだが、インターネットをしない人間は自分の非効率さが正確に分からない。時代に遅れているのは薄々勘づいているのだが、どれだけ遅れているのかというのは分かっていない。インターネットを知らないのだから分からなくて当然だ。

これから来る金融分野のイノベーションは、それと同じインパクトがある。紙のお金だけしか使わない人は、どんどん世の中から遅れていき、自分がどれだけ前時代的で危険な生き方をしているのか知らないまま取り残されていく。
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来年は激動の始まりの年です。私が生まれた1930年代の昭和大恐慌と酷似した経済状況が迫っててきています。前の投稿でその実態を報告したつもりですが、日本の中央銀行の債務超過=デフォルトが我が国にとって如何に危険な事態か分かっていただきたいのです。

日銀が独立性をかなぐり捨て政府と一体になって進めた超金融緩和は、戦時経済と同様な金融の膨張を招き、国民に大きなツケを残しました。ここで戦時経済の歴史をたどってみましょう。

第二次大戦は、膨らみ続けた戦時経済そしてその破綻、後始末には国民に筆舌に尽くしがたい艱難辛苦と痛みをもたらしたのです。

(以下日本総合研究所調査部主任研究員 河村小百合氏のレポートより)
第二次世界大戦当時の1944年度末において国の債務残高は国内所得の260%を超える水準であった。昭和21年10月19日には、「戦時補償特別措置法」が公布され、いわば政府に対する債権者である国民に対して、国側が負っている債務金額と同額の「戦時補償特別措置税」が賦課された。戦時補償債務については、これを切り捨てる決断を下し、国民に対して政府の負っている債務と同額での「戦時補償特別税」の課税も断行した。そして、これらの課税に先立ち、順番としては一番先に、預金封鎖および新円切り替えが行われている。

歴史から学ぶべきことは「悪い情報には目をつぶる習性」を捨て現実を直視することが必要です。ここで話をガラリと変えて、危機情報をいかに獲得するか、動物の生態を参照してみましょう。

体長70㎝ほど、翼開長130㎝もある大型のサギの仲間、サンカノゴイ。個体数は決して多くはなく、環境庁の絶滅危惧種のカテゴリーでは、絶滅危惧IB類(EN)に指定されています。サンカノゴイは危険を感じると、長く首を垂直に立て周囲の枯れた葭などに同化するかのように直立不動の姿勢で、身を守るといわれています。

タイトルの写真は伸び始めた若い稲の中から、周囲を窺うために頸を持ち上げたところで、非常に用心深いため日中その全身を観察することは容易ではありません。

鳥類でさえ自分や子孫を守るため懸命に外界の様子をサーチし、情報を集めているのです。小鳥が巣から頭を出しあちこち見回している姿を見た覚えがあるでしょう。雛を守るため。その姿は真剣そのもの、生きるために自然に備わった本能のようなものです。ぬるま湯につかった、茹でガエルのような人間は、この自然界の本能を失ってしまったのかもしれません。

それではどの様に情報を集めたら良いのかを検討してみましょう。そこで注目されるのが、情報収集能力です。ただ闇雲に大量の情報を集めるだけなら誰にでもできる環境が整っているのですが、重要なのはこの洪水のようにあふれている情報の中からいかに自分に必要な情報を探し出して収集することができるかという部分です。

自分の糧となる情報収集のために必要なことをまとめてみると、以下のようになりました。

自分の意見を持ち、それをベースに情報に接する
特定の情報源に偏らず、幅広い視野を持つ
さまざまな情報から共通点を見出し最大公約数を導き出す
全体像を常に意識して「木を見て森を見ず」に陥るのを防ぐ

言い換えれば、白か黒かでなく、このサイトのテーマともなっている「多様性を認めること」が、役に立つ情報の収集の必須条件なのです。

私は情報収集のカギは検索技術にあると思っています。それは and or not のようなテクニカルな問題ではないのです。結論を言えば、「検索キーワード」を如何に適正化するかです。如何に適正な「検索キーワード」を見つけ、それで効果的な検索をするかです。

検索は試行錯誤を重ね、キーワードを最適化するプロセスが重要です。人と人とのコミュニケーションから得られる情報は、質の高さが大きな魅力です。より質の高い情報を得るためには自分から人脈や人間関係を作っていく必要がありますが、それゆえに得られる情報の価値は高く、失いたくない情報チャンネルです。

「知って、行って、見て、会って」と動き出す勇気を持つことです。行動こそ激動の時代を生き抜く秘策ではないでしょうか。

鳥のように危機感を持とう。そして外界に関心を持とう。徹底的に検索し情報を集めよう。そして身を守ろう。くれぐれもゆでガエルにならないよう!

新年は「人工知能がどの様に社会を変えるか」について勉強した結果をご報告します。

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「不思議の国のアリス」のハートの女王を地で行く強権政治

門番に「ハートの女王に会いたいので通してください」とアリスが云うと門番は「自分は番をしとるんだ」と答え何度云っても同じ返事。

バラの花を赤く塗りつぶしている園丁はハートの女王のご機嫌を損ねないように一生懸命赤ペンキを塗っているのだが、それを見てアリスが「なんで白いバラに赤いペンキで塗るの?」と聞くとこれも何度聴いても「ワシは塗っておるのだ」と答えるだけ。

こうしてやっとクリケット会場につきハートの女王とクリケットの対戦を行うと。ボールはハリネズミ、ステッキは紅鶴のくちばし、そしてゴールはトランプカードの兵隊。そして、それぞれハートの女王が勝つように勝手に動き回る。

遂にアリスは怒って「こんなインチキな試合には付き合いきれないわ」と捨て台詞。ハートの女王を怒らせると見境なく「かの首をちょん切れ!」と喚く始末。

今の日本はまるきり、アリス・イン・ワンダーランドまる写しの「不思議の国」だ。

泥船とともに沈みゆく「転びもの」たち

権力を欲しい侭にしている人物に、「おこぼれに預かりたい欲張りたち」がたくさんすり寄ってきます。

彼ら彼女らは一生懸命権力者にとり入ろうとします。こうして点数稼ぎの競争が始まるのです。

昔キリシタン弾圧が激しかった時代、権力におもねるもの、権力に負け宗旨替えしたものが続出しました。彼らを「転びもの」と呼びました。「踏み絵」は転びものが発案して権力者が採用した弾圧の道具でした。沖縄の「剃刀の刃鉄条網」(次の画面)も転びものと権力者が共謀した弾圧の道具たてか?

権力者は労せずしてますます権力の強化が図れます。自分は知らぬ存ぜずを押し通し、ますます慢心がつのります。

驕る平家は久しからずです。出世欲にとりつかれた人々は自分が乗っている船が泥船で、沈みかかっていることを知りません。と云うより沈むと云うこと自体を考えようとしないのです。

点数稼ぎの「転びもの」たちは、権力の衰退とともに弱体化し、ついには世間から見放され権力者とともに没落するのです。平家の落ち武者の様に!