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11月2日から一般公開されたマイケルムーア監督の「華氏119」を3日に見に行ってきた。前作「シッコ」「華氏911」も、もちろん見ている。今回の上映は、アメリカの国内が如何に混乱しているかを明らかにした。日本のマスコミではトランプ氏の強引さがこれほどまでに酷いとは報道されていない。

内容については後に述べるとして、上映に際しての記者のインタービューに答えるマイケル・ムーア監督の話を聞いてもらいたい。

――この映画で、日本の人たちに伝えたいことは?
この映画は、究極的にはファシズムについての映画だ。それも”21世紀のファシズム”だ。
トランプのような人間が、人を自分の味方につけ、社会を引き継ぐかたちをとっている。それも、人を強制するのではなく、「僕についてきてくれれば、僕は君たちのためにこんなことができる」というかたちなんだ。

非常に危険な事が起こっている。アメリカ以外の国でも同様なことが起こりつつある。
そういう意味で、この映画は日本にむけてのメッセージが多くこめられた映画だと思う。アメリカで起こっているようなことが日本で起こらないための警告だよ。
この映画を観た日本の観客が、首相に「トランプ大統領と距離を置いてほしい」という懇願の手紙を出してくれればと思う。
今のところ、安倍首相はトランプ大統領の親友の一人のように見える。よい事ではないね。

――“21世紀のファシズム”と表現されましたが、映画の中では、ヒトラーとトランプの共通点を指摘していますね。どういう意図でしょうか。
僕は、トランプがヒトラーのようだとは思っていない。その逆だ。ヒトラーはトランプのようだと言っているんだよ。
映画では、トランプの声がヒトラーの口から出てくる。もしトランプがヒトラーのようだと言いたいなら、トランプにハナヒゲやハーケンクロイツや腕章をつけたと思う。それはしなかった。

だが、あの時代のドイツと現代のアメリカには共通点があると思う。教育をうけた文化的な人間が、非常に悪い判断を下した、という点で。

――映画には、中間選挙の「台風の目」として注目される、白人男性候補を破ったヒスパニック系の20代女性も登場します。ムーア監督は、11月6日の中間選挙をどう予想しますか。
まだ分からないが、女性や若者が多く投票して津波のような効果をもたらすかもしれない。

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以上のムーア監督の発言は如何にも過激に聞こえるかもしれない。しかし華氏119では、事実としてのアメリカの矛盾を余すことなく描いて見せている。その代表的事件として、ミシガン州フリント水道鉛汚染問題と、フロリダ州の高校の生徒たちの銃の規制強化を求める「我らの命のための行進」が紹介されている。

格差の拡大が根底にあり、トランプも、つまるところ1%の味方で決して弱者の味方でないこと、民主党の主流も例外でなく、美辞麗句を並べても痛みを分かち合う姿勢など微塵もない現実に、民衆の不満が沸騰している。

■ 水道水が高濃度の鉛で汚染され、非常事態宣言が出されているのだ。
この汚染の直接の要因は、フリントの財政破綻により五大湖の1つ、ヒューロン湖から水を調達することが不可能になったため、代わりにフリント川を水源にしたことにある。この川の水質が非常に悪いため、老朽化していた水道パイプの鉛が溶け出すという事態になった。

映画の中で、マイケルムーア自身もこの問題に対するデモに参加し、共和党のリック・スナイダー州知事を逮捕せよと叫んでいる。バキュームカーで押しかけマイケルムーアみずから、汚染水を州知事宅に放水している姿を見ると、怒りの強さが伝わってくる。

 たしかにこの事態を招いた知事の責任は重いが、だからと言って民主党がこの問題を解決したかというとそんなことはない。映画は水質汚染問題におけるオバマの残念な姿を捉えているが、結局のところ共和党も民主党もフリントで苦しむ人々からすれば、同じ穴のムジナでしかない。

 そもそも、1989年に製作されたアメリカ映画(マイケルムーアのドキュメンタリー作品、地元フリントの衰退とGMの首切り)『ロジャー&ミー』の時代から30年が経とうとしている。その間、フリントの財政が向上することはなく、失業問題には手を付けられず、町の状況は悪化の一途をたどった。政治家たちは何をしていたのか。ムーアはこの惨状に対して本気で怒っている。その怒りの矛先は、トランプの友人、スナイダー州知事だけではなく、民主党にも向けられている。

■ 2018年2月、フロリダ州バークランドにあるマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で、退学処分になった元生徒がライフル銃を発砲し、17人が殺害される事件が発生。
高校の生徒たちは、銃の規制強化を求める「我らの命のための行進」を企画すれば、銃を規制しない議員たち、つまりは、全米ライフル協会(NRA)の支持と献金を受けるトランプを筆頭とする共和党員たちを落選させようと訴えている。

彼ら高校生たちの大半は、2018年11月6日に行われる中間選挙までには18歳になり、投票権が与えられる。
彼らは、2020年の大統領選でのトランプ再選を阻止しようと、すでに動き出しているのだ。

■ マイケルムーアが描く現在のアメリカは、民主主義が腐敗し、銃乱射事件が後を絶たない後進国のようだ。だが、作品の終盤でナチスドイツを引き合いに出し、トランプをヒトラーになぞらえることまでしつつも、全体を通しては一縷の光も見出している。

それは例えば、今年2月にフロリダ州の高校で17人の命を奪う銃乱射事件が起きたあと、ソーシャルメディアを通じて全米に銃規制のムーブメントを起こした高校生たちであり、中間選挙に向けたニューヨーク州の民主党予備選でサンダースのような公約を掲げて党候補の座を勝ち取った無名候補、ヒスパニック系のアレクサンドリア・オカシオ・コルテス(28)だ。

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日本の報道はマイケル・ムーアの訴える米国の惨状を一切報道しようとはしていない。そればかりかリベラル派の知識人までがトランプは「隠れ多極化主義で、意図的に激しい発言や体外強硬策を繰り出してはいるが、本質的にはグローバル金融資本や戦争勢力と対峙している」との見方さえ示されている。

私もこの映画を見るまではそのような見方に影響されていたが、もしそうだとしても部分的な現象であり、トランプの言動が意図してではなくたまたま良い方向にはたらいている様に見えるだけではないのか?。

そしてやはりトランプは、本質的には非人間的であり、破壊的であるという面は直視しなければいけないと思い始めたのです。

未来

シンギュラリティ(技術的特異点)とは、人工知能が発達し、人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こるという概念を指します。シンギュラリティという概念は、人工知能の権威であるレイ・カーツワイル博士により提唱された「未来予測の概念」でもあります。

シンギュラリティの概念は巾が広く現実離れした単なる空想でしかないものと比較的現実的な実現可能な範囲の予測などが混在します。レイ・カーツワイル博士は比較的実現性を重視した未来予測を説いています。ただターゲットを2045年としている点で空想的と見られる傾向があるのです。

いずれにしても、2025年をターゲットとする実現性が高い近未来予測でも充分な意外性があるので、先ずこちらの技術的変貌、そしてそれがもたらす政治・経済・社会変化に注目したいと思います。

従来技術自体が情報化の中で急速な進歩を遂げ、もはや18世紀の産業革命を凌ぐ社会の変革をもたらします。

■ 18世紀半ばから起こった産業革命は蒸気機関の発明に端を発し、機械の能力が飛躍的に上昇しました。このことにより交通機関が馬車から蒸気機関車に変わったのです。フロンティアの拡大は、ケタ違いに上昇しました。更に人間の働き方は、家内労働から大規模な工場制工業にとって代わり、正にその名の通り「革命的変化」をもたらしたのです。

■ 19世紀の末頃から新しいフロンティアが、情報処理と通信に見いだされるようになりました。データーのサイズもメガバイトからペタバイトに拡大し、通信速度も5Gの時代を迎えるに至りました。

GAFA(グーグル・アップル・フェースブック・アマソ゛ン)など工場を持たない製造業や検索連動広告など新しいビジネスモデルが登場しました。

更に今新しく登場しつつあるユニコーン企業やAI・ブロックチェーン関連の企業は、18世紀の産業革命を凌ぐ社会の変革をもたらしたのです。

当然この変革は社会を根底から変える力を伴っております。シェアリングエコノミーとフィンテックがその典型です。

■ 米国では、すでに雇われない生き方のフリーランサーが35%に及んでおります。フリーエージェント社会は、組織から離れ雇われない生き方を進めております。
世の中全体が垂直統合から水平分業に移っていきます。

一方、アフリカ、南米などの地域では、銀行の支店網は大都市を離れれば離れるほど、ほとんど存在せず、そのため、銀行預金を持つ人の比率は非常に低い。こうした地域では、IT が金融に与える影響は、全く違う形となります。ケニアのエムペサがその代表例です。
中国においても、フィンテックは金融の世界を変えつつあります。銀行の支店網やクレジットカード利用が発達していなかったので、新しい金融技術が急速に広がっているのです。第三世界ほど新しい技術を受け入れやすいと云う皮肉な現象が生まれております。

UberやAirbubはシェアリングエコノミーで新しい可能性を拓きつつあります。ライドシエアリンクやシェアリング民泊などは、すでに同分野の伝統的企業を追い抜いています。 日本は規制が多いから、シェアリングエコノミーは普及しにくい。例えば、白タク禁止や旅館業法など。

■「ディープラーニング」と「AI」が情報化社会の次の主役となるでしょう。
ディープラーニングて急激に進歩する AI
ユニコーン企業の次の段階の事業体として、人工知能やブロックチェーンを用いる新しい企業が、水平線上に姿を表している。それらは、我々の生活と社会の構想をどう変えていくのでしょうか?

人工知能については、脳科学を勉強してきた私にとって限界を感じざるを得ない。以前にも説明したが人体は40億年の生命の歴史のなかで語り継がれた複雑極まりない存在です。脳細胞が1千数百億個存在し多様で複雑な伝達様式を持っていることをみれば人工知能を安易に祭り上げるわけにはいかない。

AIはむしろ人間の不得手な部分を補う拡張機能だと理解した方が分かりやすいと思うのです。また、「人間拡張工学」は非常に役に立つ学問だと思います。伸びる手足、瞬間移動、分身ロボットはスーパーヒューマンを生み人間はSFを超えるかもしれない。
また、ディープラーニングは人間の記憶と云う限界の壁を突破して色々な方面に役立っています。

■ 哲学者,John Zachary Young
生命科学を学んだ哲学者として私が最も尊敬するJohn Zachary Youngの次の言葉は、正に自然の法則そのものを語っており、これを知らずして人工知能を語ることはできないと思っています。

 生の営みの重要な特徴は、可能性のレパートリーに中からの「選択」によって生存を目指した活動を行いうる能力にある。バクテリアは可能性の小さなセットの中から生存を目指した選択をし、人間は可能性の高次元で多様なセットから選択している。

 生の営みは思考に先行している

 私の脳は一つのものであり、脳がなければ私は何者でもない。人格が脳から分離できないとすると両者のうちどちらが他方をコントロールしているかを問うことは無意味である。私達はそのような問題で頭を悩ますべきではなく、どうすれば自分と脳を最も長く記述できるのか、また生命の質を高めるためにどうしたら良いかのために私達のエネルギーを使うべきである。

 探索・目的・選択・決定が生命を支えるシステムに組み込まれている。選択し決定し行動する能力はすべての生物に共通の特徴である。

 生を営む存在は生存に方向付けられた活動を行っている。目的追求は明らかに「生物学的機構の本姓であり、客観的なシステム特性である」。

■ ここで前にもご紹介した「ある投資コンサルタント」の警告を復唱します。
まだインターネットが使えない人がいる。主に高齢者や貧困層が時代に取り残された。
彼らは「自分には無縁だ」「分からないから使いたくない」という意識が強いので、いつでもインターネットを使える環境を整えられたとしてもそれをしない。その結果、完全に時代に取り残されて不利益の中で生きている。

今 まさに、時代に取り残されようとしている人たち

もちろん、インターネットができなくても、現代社会で生きていこうと思えば生きていける。現に、高齢者の中には「一度もインターネットなるものを使ったことがない」という人も多い。
自分たちの子供や孫がそれを使って楽しんでいるのを横目で見ながら、あるいは街で若年層がスマートフォンで何かしているのを見ながら、自分たちは絶対にしない。

それで生きていけないのかと言われれば、そんなことはない。生きていける。しかし、この時代にインターネットを使わないで生きるというのは、あまりにも非効率で前時代的で危険な生き方だ。