未来

シンギュラリティ(技術的特異点)とは、人工知能が発達し、人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こるという概念を指します。シンギュラリティという概念は、人工知能の権威であるレイ・カーツワイル博士により提唱された「未来予測の概念」でもあります。

シンギュラリティの概念は巾が広く現実離れした単なる空想でしかないものと比較的現実的な実現可能な範囲の予測などが混在します。レイ・カーツワイル博士は比較的実現性を重視した未来予測を説いています。ただターゲットを2045年としている点で空想的と見られる傾向があるのです。

いずれにしても、2025年をターゲットとする実現性が高い近未来予測でも充分な意外性があるので、先ずこちらの技術的変貌、そしてそれがもたらす政治・経済・社会変化に注目したいと思います。

従来技術自体が情報化の中で急速な進歩を遂げ、もはや18世紀の産業革命を凌ぐ社会の変革をもたらします。

■ 18世紀半ばから起こった産業革命は蒸気機関の発明に端を発し、機械の能力が飛躍的に上昇しました。このことにより交通機関が馬車から蒸気機関車に変わったのです。フロンティアの拡大は、ケタ違いに上昇しました。更に人間の働き方は、家内労働から大規模な工場制工業にとって代わり、正にその名の通り「革命的変化」をもたらしたのです。

■ 19世紀の末頃から新しいフロンティアが、情報処理と通信に見いだされるようになりました。データーのサイズもメガバイトからペタバイトに拡大し、通信速度も5Gの時代を迎えるに至りました。

GAFA(グーグル・アップル・フェースブック・アマソ゛ン)など工場を持たない製造業や検索連動広告など新しいビジネスモデルが登場しました。

更に今新しく登場しつつあるユニコーン企業やAI・ブロックチェーン関連の企業は、18世紀の産業革命を凌ぐ社会の変革をもたらしたのです。

当然この変革は社会を根底から変える力を伴っております。シェアリングエコノミーとフィンテックがその典型です。

■ 米国では、すでに雇われない生き方のフリーランサーが35%に及んでおります。フリーエージェント社会は、組織から離れ雇われない生き方を進めております。
世の中全体が垂直統合から水平分業に移っていきます。

一方、アフリカ、南米などの地域では、銀行の支店網は大都市を離れれば離れるほど、ほとんど存在せず、そのため、銀行預金を持つ人の比率は非常に低い。こうした地域では、IT が金融に与える影響は、全く違う形となります。ケニアのエムペサがその代表例です。
中国においても、フィンテックは金融の世界を変えつつあります。銀行の支店網やクレジットカード利用が発達していなかったので、新しい金融技術が急速に広がっているのです。第三世界ほど新しい技術を受け入れやすいと云う皮肉な現象が生まれております。

UberやAirbubはシェアリングエコノミーで新しい可能性を拓きつつあります。ライドシエアリンクやシェアリング民泊などは、すでに同分野の伝統的企業を追い抜いています。 日本は規制が多いから、シェアリングエコノミーは普及しにくい。例えば、白タク禁止や旅館業法など。

■「ディープラーニング」と「AI」が情報化社会の次の主役となるでしょう。
ディープラーニングて急激に進歩する AI
ユニコーン企業の次の段階の事業体として、人工知能やブロックチェーンを用いる新しい企業が、水平線上に姿を表している。それらは、我々の生活と社会の構想をどう変えていくのでしょうか?

人工知能については、脳科学を勉強してきた私にとって限界を感じざるを得ない。以前にも説明したが人体は40億年の生命の歴史のなかで語り継がれた複雑極まりない存在です。脳細胞が1千数百億個存在し多様で複雑な伝達様式を持っていることをみれば人工知能を安易に祭り上げるわけにはいかない。

AIはむしろ人間の不得手な部分を補う拡張機能だと理解した方が分かりやすいと思うのです。また、「人間拡張工学」は非常に役に立つ学問だと思います。伸びる手足、瞬間移動、分身ロボットはスーパーヒューマンを生み人間はSFを超えるかもしれない。
また、ディープラーニングは人間の記憶と云う限界の壁を突破して色々な方面に役立っています。

■ 哲学者,John Zachary Young
生命科学を学んだ哲学者として私が最も尊敬するJohn Zachary Youngの次の言葉は、正に自然の法則そのものを語っており、これを知らずして人工知能を語ることはできないと思っています。

 生の営みの重要な特徴は、可能性のレパートリーに中からの「選択」によって生存を目指した活動を行いうる能力にある。バクテリアは可能性の小さなセットの中から生存を目指した選択をし、人間は可能性の高次元で多様なセットから選択している。

 生の営みは思考に先行している

 私の脳は一つのものであり、脳がなければ私は何者でもない。人格が脳から分離できないとすると両者のうちどちらが他方をコントロールしているかを問うことは無意味である。私達はそのような問題で頭を悩ますべきではなく、どうすれば自分と脳を最も長く記述できるのか、また生命の質を高めるためにどうしたら良いかのために私達のエネルギーを使うべきである。

 探索・目的・選択・決定が生命を支えるシステムに組み込まれている。選択し決定し行動する能力はすべての生物に共通の特徴である。

 生を営む存在は生存に方向付けられた活動を行っている。目的追求は明らかに「生物学的機構の本姓であり、客観的なシステム特性である」。

■ ここで前にもご紹介した「ある投資コンサルタント」の警告を復唱します。
まだインターネットが使えない人がいる。主に高齢者や貧困層が時代に取り残された。
彼らは「自分には無縁だ」「分からないから使いたくない」という意識が強いので、いつでもインターネットを使える環境を整えられたとしてもそれをしない。その結果、完全に時代に取り残されて不利益の中で生きている。

今 まさに、時代に取り残されようとしている人たち

もちろん、インターネットができなくても、現代社会で生きていこうと思えば生きていける。現に、高齢者の中には「一度もインターネットなるものを使ったことがない」という人も多い。
自分たちの子供や孫がそれを使って楽しんでいるのを横目で見ながら、あるいは街で若年層がスマートフォンで何かしているのを見ながら、自分たちは絶対にしない。

それで生きていけないのかと言われれば、そんなことはない。生きていける。しかし、この時代にインターネットを使わないで生きるというのは、あまりにも非効率で前時代的で危険な生き方だ。

政治

94年1月29日、時の細川護煕首相と野党第一党自民党の河野洋平総裁とのトップ会談が行われ、衆院に新たに小選挙区比例代表並立制を導入することで合意した。

小選挙区比例代表並立制は有権者が小選挙区で一票、比例代表で一票を投じるもので、定数は小選挙区が300、比例が200に配分された。
新制度の狙いは大政党に有利な小選挙区制で、二大政党による政権交代を可能にし、長期政権の弊害をなくすことにあった。このあと現在まで7回衆議院選挙が行われたが、特定の政党が 大勝するケースが多くなり、第45回選挙2009年では民主党が308議席を獲得して民主党政権が発足した。

小選挙区制の狙い通り日本は二大政党が政権交代を繰り返す時代に入ったかに思われたが、期待された民主党政権は政権運営に不慣れなこともあって不手際が相次ぎ、国民に大きな失望感が広がった。

このため次の46回選挙では自民党が294議席を取って政権に返り咲き、 以後、安倍晋三政権下で行われた47回・48回選挙で自民党の圧勝が続き、政権交代は遠のいてしまっている。現状は小選挙区制が目指した二大政党とは逆に自民党の一党支配と安倍安倍独裁が6年近く続き政権交代は遠のいてしまっている。

小選挙区導入で合意した当時の二人は「政治の劣化と腐敗を招いてしまった。大きな間違いを犯した」(河野)「穏健な多党性を目指したが、定数配分が小選挙区に偏りすぎた」(細川)と悔やんでいるが、今となっては後の祭りだ。
—東京新聞「紙面が語る衝撃のあの日」より—

先に、「アメリカの民主党を見ると、ヒラリークリントンが戦争屋やディープステートとつながっていたかと思えば、今回の中間選挙では、同じ民主党でバニーサンダースが推す民主社会主義者・28歳の女性オカシオ・コルデスが、民主党の10期連続当選のベテラン下院議員ジョー・クローリーを破って中間選挙で勝利すると云う破天荒な結果が出ています」と最近の情報を紹介しました。

そのうえで、「アメリカは2大政党制が定着しているので共和党に勝つには、このようにあり得ないような政党内の矛盾が生じるのです。日本は2大政党も定着していない安倍一強体制の中では、対抗策としてはアメリカ民主党以上の荒業が求められて当然でしょう。」と述べました。

その後よく考えてみるとこれは大きな誤りでした。アメリカの異常なそして歪んだ政党の姿は、二大政党制がもたらした負の側面ではないでしょうか。トランプ大統領がINF廃棄条約からの離脱を表明するなど、トランプ氏は平和を求めて覇権放棄に向かっているのか、或いは緊張を高めて戦争に向かっているのかさっぱりわからない。

このような分かりにくい構図が現れるのは、同じ政党の中で好戦的勢力と平和勢力が共存する2大政党制の矛盾にあるのではないのか。民主党でも同じ矛盾が生じていることは先に述べた通りです。
これでは選挙民はどのように選択するべきか迷ってしまうだろう。極論すれば「2大政党制は選挙民の選択肢を狭め、選挙の自由と民主主義を破壊する選挙制度だ」と云わざるを得ません。

このように矛盾に満ちた2大政党制を、日本が学ぶ必要など全くありません。小選挙区制は2大政党制を目指してつくられたと云われますが、分断を招き多様性を破壊する小選挙区制は、日本人の体質に全く合わないのです。40%以上も死票を生むなどおよそ民意に反します。とことん話し合う姿勢を 無残にも打ち砕く悪い制度は一日も早く撤廃するべきです。

そう言っても、安倍一強を崩さなくては選挙制度を変えることなどできるわけがありません。順序としては、当面は小選挙区制のもとで政権交代を果たし、その上で小選挙区制をやめると云う順番でしょう。