経済

上図は日銀の最近のバランスシートです。これがどのように変化したら債務超過に陥るのか、説得力ある回答を探し求めてきたのです。関連情報を検索しているうちに、たまたま、これこそが適切な回答ではないかと云う貴重な情報に出会ったのです。

それは日本経済新聞の2018/6/7の記事でした。原文は末尾に掲載しますが、要点を述べれば、ポイントは保有国債にも当座預金にも金利があること。国債の利息は日銀にとって収入で、当座預金への利払いは費用です。17年度はこの収入が1兆2211億円で、費用が1836億円。差額の1兆円あまりが日銀の収益源でした。

私は今まで国債の額(資産)とその原資である当座預金(負債)の額にばかり目を奪われ、それぞれの金利がポイントであることには気づきませんでした。金利は直接、収入と費用でありそのバランスが崩れれば純資産である資本金、引当金、準備金の合計額以上の費用が発生したときに、債務超過となるのです。

2018年3月には、既に日本経済研究センターは、金融緩和の出口で待ち受ける未来に警鐘を鳴らしていました。その時の収入と費用は上記の通りでした。

最近の日銀のバランスシートから、その後如何に債務超過に近づいているかを、ここで分析してみたいと思います。
2019年4月20日現在、国債は473兆円です。一方その財源である当座預金は397.5兆円です。注目するべき点は国債の殆どは長期国債であること、当座預金はわずか1ヶ月余り(2019年3月10日との比較)で22.2兆円増えていることです。

当座預金は市中銀行が日銀に預けているもので、日銀の側から見れば借金です。このうちには法定準備金が含まれるとはいえこれだけ当座預金が膨れるとその比率は僅かでしかありません。

市中銀行は金利がよくないと当座預金に残しておくのは不利です。日銀の当座預金が急膨張しているのはこの金利が高止まりしていることの証左ではないでしょうか。最近イールドカーブの逆転が問題になっていますが、もしかしたら当座預金の金利と関連があるのかもしれません。市中銀行は安い長期金利で借りて、高い短期金利で回していれば儲かる算段です。

結論を言えば、少なくとも「日銀は出口戦略に行き詰まっている」ということは確実です。

あとは、2018/6/7の日本経済新聞の記事を付記しますので、皆様で考えてみていただきたいと思います。

膨らむ日銀 債務超過の足音、描けぬ出口戦略 2018/6/7日本経済新聞
膨らむ日銀 債務超過の足音、描けぬ出口戦略政策研究 コラム(経済・政治)2018/6/7 17:30日銀の自己資本は底をつき、債務超過に陥る――。日本経済研究センターは3月、金融緩和の出口で待ち受ける未来に警鐘を鳴らした。2022年度に2%上昇の物価目標を達成した場合、24年度からの7年間の損失は計19兆円となり、自己資本(8兆円)が吹き飛ぶというのだ。

日銀の資産と負債を図表に示した。3月末時点で528兆円ある資産のうち、448兆円と大半を占めるのが国債で、負債の過半は金融機関が日銀に預ける当座預金だ。日銀が国債を購入し、市中に供給されたお金は民間経済を巡り巡って日銀当座預金に戻ってくる。この5年で、保有国債と比例し、増えてきた。

ポイントは保有国債にも当座預金にも金利があること。国債の利息は日銀にとって収入で、当座預金への利払いは費用だ。17年度はこの収入が1兆2211億円で、費用が1836億円。差額の1兆円あまりが日銀の収益源だった。

だが、出口の局面では利払いが利息を上回る可能性がある。国債利回りが下がり金額ベースで利息は頭打ちだが、将来の利上げ局面では利払いが急増する。当座預金は3月末で378兆円。仮に1%に利上げすれば3.7兆円の利払いが必要になり、逆ざやになる。損失は利上げのペース次第で大きく変わるし、利上げできる経済環境なら長期金利も上がり、国債の利息収入も増えて損失を抑えられるかもしれない。

ただ、日銀は国会で追及されても「具体的な試算を示すのは適切ではない」(黒田東彦総裁)と歯切れが悪い。日銀もこうした想定に対し、手をこまぬいているわけではない。15年から、国債の利息収入の半分弱(年4千億~5千億円)を将来の損失に備え引き当て、昨年からは国債の購入量も減らしている。表向きは長期金利のゼロ%誘導のためとするが、財務の健全性を確保するねらいもある。

日銀は資本が細っても、民間の企業や銀行のように債務不履行には陥らない。日銀自らが円を発行し、日銀券を刷り続けられるため「資金繰りに行き詰まることはない」(雨宮正佳副総裁)からだ。だが、日銀が過小資本となれば、信用が揺らぐ。政府の支援が必要になると、金融政策の独立性が脅かされ、通貨の信認を失うおそれもある。会計検査院は「財務の健全性の確保に努めることが重要だ」と日銀に対し、さらなる利益の積み立てなど対応を求める。

異次元緩和を始めた当初は物価を上げることに集中し、財務問題は二の次だった。だが、昨年末ごろからはたとえば1%程度の物価上昇でも長期金利の誘導目標を引き上げられないか、検討を進めている。しかし物価の上昇率は1%でも遠い。ある日銀幹部は「まだ出口を議論する段階にすら至らないことが、より深刻な悩みだ」と話す。資産ばかり膨らみ、財務のもろさは深刻になっている。(後藤達也、浜美佐が担当しました)

時事

「年号が変わる新年にあたり、新天皇像を今こそ知りたい」と云う記事を今年の初めに投稿しました。
https://nc5.info/2019/01/01/post-403/

今回は、いよいよ新しい年号の始めにあたり、このテーマを少し掘り下げて記事にしたいと思いました。あとで上記の、新年の記事も再度御覧頂いて参考にしてください。

「新天皇と日本人」の著者・小山泰生氏は、新天皇の幼少期からのご学友で、今でも幅広く浩宮徳仁親王と語り合う仲でした。この本は新元号を生きる日本人のとって必読の書だと云っても過言ではないのですが、この投稿が、最低限その必要性を感じていただけるための材料となればと願っております。

■ 新天皇が目指す天皇の役割
平成の天皇があの「生前退位」のメッセージを述べられたとき、憲法違反ではないかと云う学者が多く居たのです。しかし、天皇は国民を味方にすることで、こうした批判を切り抜けたのです。合わせて、皇室典範も、一般の法律であって、世論と国会の意思によっては、容易に変更することができるということも証明してご覧になったわけです。私は、この一連のことを見ていて、代議制民主主義の欠陥を補う機能が天皇にはあり、民主主義を補完する意味で、そのときの世論によっては国政に関与してもいいのではないかと思いました。

■ 単なる希望でなくその裏付けを真剣に議論された
日本憲法第四条「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。天皇は法律の定めるところにより、その行為を委任することができる」
一般的には、この条文一つで、天皇は国政に関与することができないと信じ込まれています。
しかし、例えば、あがってきた法律に憲法上の瑕疵の疑いがある場合は、第九十九条の天皇の憲法擁護義務によって、法理論上も法律の署名と交付を拒否することができるのです。すなはち、天皇がその法律に反対して、サインを促されるたびに保留してしまえば、いつまで経っても公布されないのです。

■ お二人で議論されたこのような問題は、当時の皇太子殿下が歴史学を学ぶことに反対する声を抑えて学習院大学の史学科に進まれたこと、さらに本当の意味での、歴史の目を開かれたのは、オックスフォード大学に留学なさって世界的な視座を獲得されたことが深く関わっているのです。
英国の王室の役割が、正に、政治が極端な方向に偏った場合、バランスを取り戻す方向に働きかけることにあり、国民もその存在意義を十分理解していることを学習されています。

とりわけ、平成16年、訪欧を前にした記者会見で「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と述べられたときは、宮内庁との対立を伺わせ、国民は、大きな驚きを持ってそのお言葉を聞いたのでした。
しかし、小山氏は心配しませんでした。雅子殿下にとって、この25年は、皇太子殿下の周りのことに関心を持って、様々な情報を頭の中にどんどん取り入れていらした日々だったことを知っていたからです。
皇太子殿下は将来、国際感覚を持たれた美智子妃が必ず貢献してくれるだろうと確信されていたのです。

■ この本を読むまで新天皇が、ここまで真剣に、万が一の事態に対処される覚悟を持っておられるとは全く予想もできなかったのです。お二人の議論に出てくる「代議制民主主義の欠陥を補う機能が天皇にはあり」というようなご認識に甘えるようなことが議会や国民にあってはならないと言うことを肝に命じて置かなくてはならないのではないでしょうか。

■ 小山氏は締めくくりの言葉として次のように述べておられます。
「既に述べたように、現在の日本国憲法においても、天皇という存在は、機能として民主主義を補完する能力をもっていることが、「陛下のビデオメッセージ」とその後の政府と国会の対応で顕在化しました。
その裏返しで、天皇は基本的人権を持たないことで、ご自身を公平中立な立場に置き、パワーバランスを良い状態に保たれているのです。私もそのように考えるのですが、しかし戦後このかた、国民はそのことに甘んじ、それ以上触れないよう、なるべく静かにしておきましょうと、人権がない状態を放置してきました。

ですから、国民が、日本国憲法に明記されている、天皇の国事行為をよく知った上で、それを吟味し、これを残すのか残さないのかをまず決めなければいけないのではないでしょうか。そして、残すべきだと云う結論に達したのであれば、もう少し、天皇や皇族の人権をもっていただいていいのではないかと、私は思っております。」

■ 更に続きます「皇太子殿下(新天皇)と雅子妃殿下(新皇后)は、過去の「人格否定発言」に明らかなように、ご自身の考えをしっかりと表現できる方々なので、公務員や政治家たちだけが理想とするような天皇には、ならないことだけは確かです。」

ここまで読まれた断片から、一人でも多くの国民がこの著書に関心を持ち、熟読されることを切に希望します。