生活

65歳以降「年金だけでは暮らせない」という現実

http://diamond.jp/articles/-/129978
2017.5.31 深田晶恵 ダイヤモンド・オンライン

年金生活の赤字は
毎年のように拡大している

私ごとで恐縮だが、GWに生活設計塾クルー(私が所属する会社)のオフィス移転をした。メンバー全員で「これを機会にモノを減らそう」と固く誓い、引っ越しの2ヵ月前から資料と書籍の整理をはじめること。

古い資料や本は、整理しながらつい読みふけってしまうものだ。インターネットが広く普及したのが2000年頃だとすると、6人のメンバー全員が「普及前」の時代からFPをやっているので、白書など政府発行の資料やデータブックがやたら多い。本棚の場所も取るので、思い切って処分するもの、残すものの仕分けを進めていく。

毎年データを参考にしている「家計調査年報」(総務省統計局)は、ところどころ抜けはあるが昭和58年分からあった。過去データは総務省統計局のHPで入手できるが、アップされているのは平成12年(2000年)分から。それ以前のものは、国会図書館などに行かないと手に入らないので、この年報は移転先に持っていくことに(捨てるのはいつでもできる)。

家計調査年報のバックナンバーのうち、私が欲しいデータは「高齢無職夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)の家計収支」だ。多くの年金生活者は、年金収入だけでは支出を賄うことができず、現役時代に貯めた貯蓄や退職金を取り崩して生活をしている。10年くらい前から、年間収支の赤字額をウオッチしているので、もっと古いデータを見てみたくなった。

古いデータの前に、まず2010~2016年分を見てみよう。

「収入」は、ほとんどが公的年金。公的年金の額は、物価に連動するため上がったり下がったりしている。グラフの上にあるのが年間支出額で、これは「消費支出」と「非消費支出(税金・社会保険料)」の合計額である。収入から支出を差し引くと、収支は赤字。これが年金生活者の家計の特徴だ。赤字分は、貯蓄などを取り崩しているのが実態である。

2010年の年間収支は、約49万円の赤字。年々赤字額は増え、2015年にはなんとマイナス75万円まで拡大している!赤字がどんどん増えていく要因を知りたくて、エクセルに詳細なデータを入力し推移を眺めながら分析したことがある。

数字を並べてみた結果、年金収入は思った以上に減少し、消費支出(食費やレジャー費など)はそれほど大きな変化がなかった。税金と社会保険料の負担は増えているはずなのに、非消費支出も思ったより増えていない。

ここからは私の予測だが、介護保険料や後期高齢者の健康保険料は公的年金から天引きされるため、「年金の額面自体」が減ったと考えた高齢者(アンケート記入者)が多かったのではないか。

いずれにせよ、グラフ掲載期間内の家計収支の赤字拡大のおもな要因は、「お金の使い過ぎ」ではなく、「年金の手取り減少(=税金と社会保険料の負担アップ)」だということがわかった。

22年前の年間収支の
赤字はわずか15万円!

さて、本棚から出てきた古い家計調査年報のデータを見てみよう。昭和58年と直近を比較したかったのだが、この頃は「高齢無職夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)の家計収支」のカテゴリーがない(調査としてあったのかもしれないが、掲載はされていない)。

当時は60歳から満額の年金が支給されていたので、年金生活は60歳から。「60歳以上の高齢世帯(夫婦ではない)」の収入には、夫が少し働いて得た収入や、夫婦以外の同居の家族の収入や支出も含まれているので、現在の調査とは連動性がない。昭和と比較できなくて、残念。

比較できる資料の中で最も古いのは1994年のデータであった。2016年の収支と比べてみよう。

グラフで目を引くのは、1994年の赤字額が少ないこと。年間収支は、2016年がマイナス66万円に対し、1994年はマイナス15万円で済んでいる。赤字額が少ない要因は、次の2つ。

(1)年金収入が2016年より21万円多い
(2)消費支出は16万円、税金・社会保険料ともに今より15万円少ない

赤字額が少なければ、老後資金の取り崩しのペースが緩やかになる。これは年金生活者にとても重要なことである。

「老後資金はいくら貯めるといいですか?」といった質問に私は次のように答える。

【老後資金の目安=下記AとBの合計額】

A.65~90歳までの25年間の「年間収支の赤字」の合計額
B.病気の備えや住宅の修繕費、車の買い換え費用などの数年に1回の「特別支出」

25年間の特別支出を1000万円と見積もったとする。年間収支の赤字額が15万円なら25年間で375万円、特別支出と合わせると、老後資金の目安は1375万円の計算になる。

ところが、年間収支の赤字額が66万円なら、取り崩し額は25年分で1650万円、特別支出との合計額は2650万円にもなる。年51万円もの赤字分の差は、25年分の累積だとさらに重たいものになる。収支赤字の額は、老後の生活に大きな影響を与えることがわかるだろう。

もちろん、すべての人が家計調査のデータ通りに暮らすわけではないので、年間収支は各世帯により異なる結果になる。ただし、まだ老後を迎えていない人にとってみると、「年金生活」の具体的な支出イメージは持ちにくいので、家計調査データは参考になるのだ。年金額は人によって異なるが、現役の時よりも収入格差が少ない。そういう意味でも「高齢無職夫婦の年間収支」は、使える資料なのである。

手取りで見ると
17年間で33万円の減少!

3つ目のグラフも見てほしい。これは、年金収入が厚生年金と企業年金(退職金の分割受け取り)の合計で300万円ある人の手取り額を試算したグラフだ。手取り額とは、「額面の年金収入」から「所得税・住民税+国民年金保険料・介護保険料」を差し引いた金額のこと。

手取り額は、1999年には290万円あったのが、2016年は257万円。なんと17年間で33万円も減っている!年金生活者のデモ行進が起こってもおかしくないくらいの減り方である。

原因は、税金と社会保険料の負担アップである。グラフの内訳を見ると、1999年は介護保険が導入されていなかったので、「使えないお金」は国民健康保険料が10万円程度だけ。今より高齢者向けの税金優遇もあり、所得税・住民税はかからなかった。

しかし、現在は介護保険料もかかり(介護保険は2000年に導入)、国民健康保険料はアップし、高齢者向けの税優遇は廃止・縮小され(老年者控除の廃止、公的年金控除の縮小)、所得税・住民税がかかるようになった。グラフの試算は、東京23区に住んでいる人の例だが、社会保険料が30万円、所得税と住民税は合計で13万円かかる計算となっている。

今回は怖いグラフの3連発だったため、暗い気持ちにさせてしまったかもしれない。しかし、少子高齢化が進み、「年金額は徐々に減少、高齢者でも税金と社会保険料はこれからも負担増が続く」という流れはこれからも続くだろう。考えたくない現実かもしれないが、働いている間にぜひ知っておいてほしい。「老後は何とかなる」と思ってはいけない。「何とかする」と思えるように、マネースキルを身に付けていこう。

((株)生活設計塾クルー ファイナンシャルプランナー 深田晶恵)

健康

厚生労働省の調べによると、2016年の日本人の平均寿命は男性が80.98歳、女性87.14歳と、いずれも過去最高となりました。老後もいきいきと仕事を続ける人も増え、100歳が当たり前という時代の到来も間近と思われますが、無料メルマガ『まんしょんオタクのマンションこぼれ話』の著者でマンション管理士の廣田信子さんは、高齢者一人ひとりが「どこで誰に看取られるか」を意識すべきと記しています。

高齢でも一人で自宅で暮らすために必要こと

先日、高齢期の住まいの選択に関するセミナーに参加しました。まず驚いたのは、高齢期の定義が70歳~100歳になっていたことです。数年前に話を聞いたときは、60歳ぐらいからの年表だったと思います。対象年齢が10歳ずつ高くなっているように感じました。まさに、70歳までは当たり前に現役として働き、100歳まで生きる時代が来ているのです。

モデルケースでは、80歳までは自立して生活できる期間、90歳までが見守りや生活支援があれば自立生活ができる期間、90歳からが介護が必要な期間となっています。

内閣府の高齢者の住まいに関する意識調査では、高齢者の66%が、老後もできるだけ自宅で暮らしたいと考え、22%が高齢者住宅や施設に住み替えると考えています。

100歳まで生きるとすると、高齢期の住まいの問題は、どこで誰に看取られるかという問題と深く関わり、自宅で住み続けるのにも、施設や高齢者住宅に住み替えるのにも、覚悟が要ります。多くの人が望むように、自宅に住み続けるとするとそのために必要と思われる10箇条をまとめてみました。

1.自宅が安全であること
(耐震、火災、段差、ヒートショック等に対する安全)
2.緊急時の備えがあること
(緊急通報システム、見守り体制等)
3.判断力があること
(日常生活の判断が自分でできる)
4.自己管理ができる
(食事、運動等で体調管理ができる)
5.サポートしてくれる人がいる
(困った時に助けてくれる親族、お隣さん、友達等)
6.かかりつけ医がいる
7.地域参加ができている
(地域の活動や趣味を通じて仲間がいる)
8.地域の介護・医療体制が充実している
9.ひとりでいることができる
(ひとりの時間も楽しめる)
10.自宅で死ぬ覚悟ができている
(ひとりで自然死することを受け入れている)

いかがですか? 人生100年時代の終の棲家には、居住環境や地域の体制が整っていること、地域とのつながりは、やはり欠かせませんが、同時に、一人でいる時間も楽しめることが、必要だということです。